協調運動障害とスクーバダイビング
〜ボートダイビング実施のケーススタディ〜
目的
協調運動障害下でのスクーバダイビングの可能性を探る
報告者について
1999 年まで NAUI アシスタント・インストラクター、ダイブマスター候補生として活動し、2004 年よりダイビング活動を中断。その後 21 年間のブランクがあった。
身体的前提条件
- 現在協調運動障害で 3 級の手帳を持っている
- 歩行時に急激な方向転換をする際に、バランスを崩しそうになり、ふらつく
- バランスを崩しそうなシーンは、方向転換時に限られる。
- 現在転倒予防のために登山用ストックを利用している。
転倒を予防できるように、ちょこちょこと地面にストックを当てながら、バランスを取って歩行している
(あくまで転倒予防でがっつりストックに体重を預けたりはしていない) - 上記以外の所見は特になし。
海況など
本レポートは南紀串本で 2025 年 9 月 10 日から 23 日まで 13 回に渡り実施した複数回のボートダイビング経験に基づく。ダイビングは鏡のように穏やかな波高から 1.5m 程度の波高までの様々な海況にておこなった。
予想されるリスクシーン
現在の障害状態の特質から、リスクは水中ではなく、ボート上で高くなると予測される。
- 港でのボート乗船、下船のタイミングでの落水
埠頭に腰掛けて上下船するなど工夫すれば予防可能だと思われる。 - 港でのボートに乗船、下船のタイミングで、埠頭とボートの間に転落して体ごと挟まれる
通常の漁港では埠頭とボートの隙間は小さいため、挟まれる事故の発生可能性は低いと考えられる。 - ポイント、港間の移動中のボートからの落水
ボートの床に座っていれば発生しない。 - ボート上での機材の装着中、脱着中における、ボートからの落水
もしもの場合に備えて被害を低減する方法が考えられる。
エントリーとエグジット方法の検討を参照。 - エグジット時のラダーからの落水
もしもの場合に備えて被害を低減する方法が考えられる。
エントリーとエグジット方法の検討を参照。
エントリーとエグジットの方法の検討
前提条件
- ダイビングポイントに、あまり流れがないこと
流れがある環境の場合は今後の研究課題。 - 穏やかな海況であること
それ以外の環境の場合は今後の研究課題。
エントリー方法の検討
- スクーバユニットはボート上で組み立ててバルブを開け、bc には吸気しておく。
- スクーバユニットは上記状態でエントリー前に予め水面に投入する。
- その際、ロープ等でボートと繋げておくことが望ましい。
(ベタ凪、流れなしだと省略可能かも) - ウェイトベルトと 3 点セットを身に着けた状態で、エントリーに適した方法でエントリーする。
バックロール、フロントロール、サイドロール、静かに足から入水など状況により適切に選択する。 - 水面でスクーバユニットを装着
- 潜降
エグジット方法の検討
- 浮上
- ボートからスクーバユニット用にロープを流しておいてもらう。
- スクーバユニット、ウェイトベルトを水面で脱装し、ロープに固定する。
- 軽機材のみでラダーを登ってエグジット。
フィンは脱いでエグジットした方がいいかも。
ダイビング後
通常のログブック以外に、後日実施レポートとしてまとめる。
実施レポート
不可能だったこと
- 杖の利用
時間的制約が多く、行動に身軽さが要求されたため、サービス利用時を含め、常時杖を利用する余裕がなかった。転倒しないように気をつけることで対処した。
ボートダイビング実施の前提
ボートダイビング実施時の前提となった行動や得た支援は以下の通り。
- 徹底した転倒の予防 (それでも 1 度港の階段で転倒して額を割る。軽傷)
- 徹底した落水の防止
- エントリー、エグジット時のボート・キャプテンによる落水防止補助
- サービスオーナーによる乗船、エントリー、ダイビング中、エグジット、下船までの観察と口頭による指示
どのようなエクスペリエンスだったか
エントリー
通常のバックロールエントリーが可能だった。それを可能とした要因としてボートにタンク置き場とそれに直結するベンチが設置されていたことによる。
これによりセッティングを済ませたスクーバユニットを腰掛けたまま背負うことが可能であった。
また立ち上がる際も、ボートのブルワークと画像のタンク立て兼ベンチに手をかけることで転倒を防ぎながら、立ち上がりブルワークに腰掛けることも可能だった。
立ち上がる前にフィンを履き、スクーバユニットを背負い、マスクを装着し、セカンドステージを咥えてしまうことで、落水時のリスクも最小限になるし、落ち着いて行動すれば普通にバックロールエントリーが可能だった。
また自分の体幹機能障害により落水のリスクがあることを予め伝えていたこともあり、立ち上がってブルワークに腰掛けるまで、ボートキャプテンが落水しないようにファーストステージあたりを掴んでいてくれた。だがそれも 8 本目くらいまでだった。
実際に 1m くらいのうねりが入っている日もあったが、立ち上がり時の支援がなくても安定してブルワークに腰掛けてバックロールエントリーが可能だった。
水中
水中だが予想通り、陸上より遥かに安定していた。水中で不安定だったのは 21 年のブランク由来の不安定さであって、障害由来ではなかった。協調運動障害の場合、自分のように障害の程度が軽微であれば、水中では障害そのものがさほど問題にはならないケースもあるようである (同じ理由によりおそらく水泳も可能と思われる)。
とはいえ障害というものは個人差が非常に大きく、障害の現れ方も人によって異なるため、今回の自分のケースを一般化することは不可能である。協調運動障害を持つ人間自身による客観的評価が必須であり、潜水が困難であれば中止を決断しなければならない。
エグジット
エグジットが課題になるのはわかり切っていた。障害がないとしてもエグジット時が最も事故が発生しやすい局面ということもあり、対策が必要となる。
今回は海況がおだやかなときはボートの横に渡しているロープに、スクーバユニットを引っ掛けて、ボートキャプテンに回収してもらうという方法を現地で採用した。
上のボートの画像をみるとわかるように、ラダーから船首に向かってボートの両サイドにロープが張られている。これは自分のために張られたものではなく、本来はダイバーが水面を移動するのを楽にするための補助ロープである。
スクーバユニットを引っ掛けると書いた。具体的には水面で bc がパンパンになるまで吸気し、水面でスキューバユニットを脱装して、セカンドステージをさっきのロープに引っ掛ける。これでスクーバユニットはボートから離れない。
ラダーに膝を付いて取り付き、ウエイトベルトははしごに掛ける。あとはフィンを脱いでボートに投げ入れる。
あとは落水しないように気を付けながらボートに上がり、安全な場所に移動するだけである。
スクーバユニットだが、海況が穏やかであれば上記手順でよい。だがうねりや波があってスクーバユニットがボートから遊離してしまう可能性が強い場合は、ラダーに取り付いてから脱装し、ボートキャプテンに直接渡すしかない。
ウエイトやフィンは海況が穏やかなときと同様である。
協調運動障害がある場合の最重要事項
転倒の予防、それに尽きる。転倒は以下の誘引となる。特に水辺での転倒は死亡事故に至る危険性があり特に注意を要する。
- 港でのボート乗船、下船のタイミングでの落水。
- 港でのボートに乗船、下船のタイミングで、埠頭とボートの間に転落して体ごと挟まれる。
- ポイント、港間の移動中のボートからの落水。
- ボート上での機材の装着中、脱着中における、ボートからの落水。
- エグジット時のラダーからの落水。
- その他、常時転倒による怪我リスク。
最後に自分が港で転倒して額を割ったときの状況を述べる。
ダイビング・ボートは日本ではたいていの場合、漁港から出港する。漁港には通常、潮の干満に対応するための舟着き階段 (潮位階段と呼ぶことも) という構造物がある。
撮影は干潮時で階段全体が海面上に露出している。
満潮時は黒ずんでいるあたりまで水没する。つまりほぼ完全に水没する。
この舟着き階段は満潮時は水面下に沈んでいるが、潮が引いていくと水面上に表われる。
浮き埠頭がない漁港の場合 (通常漁港に浮き埠頭なんてものはない。ヨットハーバーじゃあるまいし)、この舟着き階段がないと、干潮時に岸壁と船のあいだを人が行き来できない。大潮のときなどは干潮時は岸壁の高さが 1.5m を越えてしまうことすらある。
この船着き階段だが、自分が今回訪問した南紀串本の有田漁港のものは 1 段の高低差が大きく、手をつかなければ登れなかった。
転倒事故が起きたのは最上段を登り終えようとしていたときだった。おそらくダイビングを終えてボートが港に着いて、ボートを降りようとしている段階で気の緩みがあったのだろう。最後の 1 段を不用意に登って立ち上がろうとしたときに転倒した。
協調運動障害のために自分は転倒時に咄嗟に手で転倒時に顔面を地面に打ち付けないようにささえるということができなくなっていた。そのことを完全に失念していた。
その結果は額の瘤と擦過傷である。感染を予防するためと経過観察のために翌日のダイビングをキャンセルすることとなった。
重大な事故にはならなかったが、協調運動障害がある人はサービスに帰りつくまで、油断することなく、転倒防止を徹底して欲しい。
最後に
このサイト情報は個人のケースに基づくものであり、必ず医師や専門のダイビングインストラクターと相談の上、実施してください。
障害の程度、状態は個人個人によって大きく異ります。このサイトの情報を決して鵜飲みにするのではなく、繰り返しになりますが、医師、インストラクター、ボートキャプテン等の支援者に必ず相談してください。
また自分自身の障害の評価作業も必ず行なってください。障害を持ちながらダイビングを再開するのに必須な作業です。
謝辞
今回のダイビングでは多くの方々の絶大なるご支援をいただきました。これらの人たちの支えがなければ、ダイビングを行うことは不可能でした。また障害を持ちながらのダイビングに対する貴重な意見も賜わりました。心から感謝します。